自転車に傘、中国のシェアサービスとマナーのゆくえ。

中国では自転車シェアビジネスが盛況であると耳にすることがよくあるが、最近は傘のシェアビジネスがはじまっているそうだ。

自転車シェアは数千円の保証金を最初に支払えば(退会すると返金される)、1時間10円程度で自転車が乗れるというもの。スマホで簡単に決済できるのと、特定の自転車置き場に限定されず、街中に自転車を放置できることが特徴(日本に比べて流行るわけだ)。大都市では数百万台のシェア自転車がそこらに放置されているので、どこからでも簡単に自転車を乗って簡単に放置できる。その値段を考えれば、電車に一駅乗るよりも自転車の方がはやかったりする(詳細はここなど)。

シェア自転車はMobikeとofoが市場をほぼ独占しており、それを支援するのがそれぞれテンセント(Wechat)とアリババ(アリペイ)であり、自転車シェア業界もこの2社が争う形だ

こうして人気のシェアビジネスに、今度は傘のシェアサービスを「U Umbrella」というスタートアップ企業がはじめたところ、3ヶ月で30万本の傘が盗まれたというニュースが飛び込んできた。GigaZiNEGIZMODEといったウェブニュースサイトのほか、イギリスのガーディアンも報道している。

報道によれば、19元(約320円)の保証金を支払えばアプリに傘をアンロックするコードが送られ、30分0.5元(約8円)で傘が利用できるとのこと。便利だと思う一方、傘の未返却に関する罰則がないことなどもあり、上述のように多くの傘が行方不明になっているという(傘にはGPSがついているので捜索できるだろうが、それも費用がかかりすぎるだろう)。それでも創業者は2017年中に3000万本の傘を導入するとのこと。強気ですなあ。


◾シェアビジネス流行の背景
ところで、僕は中国のシェアビジネス流行の背景に、日本とは異なる2つの要因をみる。

①スマホの決済システム
スマホの決済システムについては僕のウェブ連載でも指摘してきた(「電子決済の普及で中国人が「道徳的」に?ーー透明化する個人情報が孕む諸問題」Wedge,2017.6.6)。
中国ではQRコードを利用することで読み取り装置不要の決済機能が充実しており、人々はアリババの「アリペイ」とテンセントの「Wechatpay」のふたつを利用している。これらは手数料が(ほぼ)無料であることから、都市部では現金を利用するよりも重宝されている。自転車や傘にも読み取り装置などは必要なく、スマホ決済によって鍵のアンロック情報を受け取るだけで利用できる。このインフラはシェアビジネス普及の大きな要因のひとつだろう。

②放置に関する法的条件+交通網の整備
放置自転車や傘は日本では迷惑極まりないが、中国ではそのあたりは日本に比べて緩やかだという(実際は法や取り締まりがあるのにせよ、現状では「日本に比べて」緩いということ)。また日本の自転車シェアは返却場所が決められているものが大半であろうが、中国はそうした理由で「放置」が可能になる。さらに公共交通網は日本に比べればそこまで整備されているわけでないことを考えれば、人々が自転車で大都市を移動することには合理性がある。なんにせよ、現状の日本ではこうした理由から中国ほどシェアビジネスは流行しないだろうと思う。

◾傘の行方不明はモラルの問題なのか。
この話はTBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ』でも話したことだけれど、気になるのはやはり30万本の行方不明に関する「モラル」問題だ。

自転車シェアでも自転車のいたずら問題や景観を損ねるといった批判があるという。だが僕はそれこそIT企業の腕の見せ所だと思っている。

中国のスマホ決済機能には、前述のとおり個人の信用度が点数化されている。傘を返却せずに家に持ち帰ってしまったユーザーの信用レベルを落とすような罰則規定を設ければ、人々は信用レベルの低下を懸念し、傘の返却率も向上するだろう(もちろん信用情報の点数化は弊害も生み出す)。

また30万本の行方不明の傘報道に対し「U Umbrella」の創業者は、傘は返却用のバーやフェンスが必要だが、それらがないから持って帰ってしまった人も多いのでは、と述べている。要するに、盗む気はないけど、罰則もないし置き所がないから持って帰ったり捨ててる人がいる、という解釈だ。これは端的にモラルの欠如というより、都市社会の環境に起因する問題ではないだろうか。

傘にはGPSがついている。それらをビッグデータ化し(どこまでデータ利用が許されるかは議論があるにせよ)、どこで傘を利用すると返却率が低いか、といった原因を割り出し、例えば駅から駅への間にバーやフェンスを設置すれば、おそらくは返却率の向上や行方不明の傘の減少が見込めると思われる。

僕達がモラルだと思っていることの多くは、自分の意識の高さだけでなく、文化や環境によって生み出されていくものだ。東京オリンピック前の日本のマナーは非常に低かったことが知られているが、オリンピックに向けた啓発運動だけでなく、ゴミ箱や喫煙所を設置することでゴミのポイ捨ては随分と軽減される。これはモラルに訴えるよりも、環境構築によって人々のマナーを知らず知らずのうちに向上させる方法だ。

ビッグデータや人工知能は、混雑するショッピングモールで人の往来をよりスムーズに導くような方法論を日々編み出している。僕達はゴミ箱が置かれているだけで、ポイ捨て欲求を抑えゴミ箱に捨てる。僕達は意識的にモラルのある人(理性的な人)を目指す一方、環境によって理性を働かせる前にゴミ箱にゴミを捨てている。中国のシェアビジネスが人々のマナーをどのように変化させていくのか、注目したい。

(追記:2017.7.19.13時42分)
起きたらフリーランスライターで中国に詳しい山谷剛史さんがツイッターで興味深い発言をされていた。それによれば、当初乗り捨て可能だったシェア自転車も、徐々に駐輪場が
指定される流れになってきているようだ(ただし住宅地などでは乗り捨てOKにしているあたり、これも絶妙なバランスだ)。山谷さんも指摘しているが、最初に自転車を普及させれば、後にルール変更して(正常化して)もユーザーは使い続けることになる。最初はグレーでも普及させてからクリーンにさせる方法論は、IT業界では多い手法だな、と思う次第です。

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